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左楽が解説!シーサイドラインの難読地名4(賤夫向~知方学編)

左楽です。大好きな昆布森の海岸や、地元の皆さまとの会話もご無沙汰しています。この雑記も半年ぶりの更新です。

今年の春は久々に流氷が入り、浜の昆布岩が根こそぎ白化して、昆布の収穫は大打撃を受けました。また、温暖化や親潮・黒潮の流れが大きく変化し、定置の鮭やつぶ・サンマ・イカ・ホッケ・カレイなど、安定して営んでいた漁業は著しい影響を受けました。地元の皆さまが、大変な苦労を強いられています。

自然災害か、人的災害か。それぞれの立場で見解は分かれましょうが、自然環境の中で育てながら・守りながら営んできた地域の立場から、もう一度見直し、安定的に供給できる環境づくりが急がれています。皆さんのご苦労の姿が解るだけに、素人の私は遠くからしか見守ることができない悔しさがあります。
   
では、道東のシーサイドラインの難読地名・第4弾を始めましょう。

賤夫向

セキネップと読みます。地名の解釈は「はげ山で石の落ちるところ」です。釧路から厚岸方面に向かってニコマナイを過ぎると、隣が賤夫向。水平線が綺麗な場所です。明治時代から人が住んでいたようですが、戦前に豪雨で山が崩壊し、今は誰も住んでいません。

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分遺瀬

ワカチャラセと読みます。地名の解釈は「飲み水がすべり落ちるところ」です。いつも側を通っていますが、一度も訪ねたことが無く、実際の景色を見たことがありません。

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老者舞

オシャマップと読みます。地名の解釈は「山のように海の中に突き出している岩」です。

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子供の頃から今もよく行く場所で、知合いが沢山います。60年前に行った頃は、集落に多くの人が住み大きな集落でした。今、老者舞の漁港は立派になりましたが、以前は砂浜に昆布が打ち寄せられ、そこにいる昆布ガニを獲って鉄砲汁にしてよく食べたものです。
現在は、鮭・タコ・名産のカキの養殖・昆布など海産物の宝庫となっています。味のある、風情のある漁港で、同級生の羽生輝はよくこの近辺を題材に描いています。

知方学

チホマナイと呼びます。アイヌ語による地名解釈は「魚や昆布を求め昔船が流れ寄った所」という説が有力です。オシャマップの入口から右に曲がると、歴史のある集落、知方学に着きます。ここも思い出の場所です。

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釧路町(旧:釧路村)の昭和30年代は、大変な財政危機の時代でした。見事に危機を突破され、今は立派な町になっています。私が釧路に戻った時、釧路村は今の夕張のように苦労をして何とか立ち上がる再生最終年の昭和39年でした。当時の村長、泉村長から「知方学小学校に先生が赴任するため机を1台配達してくれないか」と電話がありました。

先代の社長から「会社に電話が来るのは、お客様が困っているとき。率先してお手伝いをするのが使命だ。すぐ行きなさい」と指示され、人家のない細い砂利道を走りながら納品したのが懐かしい思い出です。以来54年、小学校はお得意様となり、今も温かく迎えてくれます。学校は統合等で、立派な校舎になりました。

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左へ曲がると尻羽岬
鹿にご注意
開校から約120年
 

校舎の手前でわかれる道を左に進むと、草花と水平線、厚岸の町並みが見える道立公園の「尻羽岬」に行けます。

2017.11.29(水) 雑記